珍しくタイムリーな記事を書きます。
シーケンスコストが低下したことにより、DeNAやYahoo!、DHC、そのほか多数の企業が消費者直販型遺伝子検査ビジネス、DTCGT(Direct-to-Consumer Genetic Testing)分野に参画しています。
これらは現在、病院など医療機関を通さずに利用することができ、医療行為に該当しない検査結果として顧客に対して結果をレポーティングしています。
そんな中、楽天から1つのプレスリリースが打たれました。
楽天が医師監修のない新型コロナウィルスの検査キットをtoB(toC)向けに販売するとのことです。
↓イケてるパッケージ
このプレスリリースの公開によってTwitterは大炎上。 自分のフォローしている方々が生物系に偏っているせいかわからないですが、多くの方がこの問題に関してモノ申しておりました。
何が問題なのか
皆さんが意見していたことを含め、調査・考察してみます。
問題点① そもそも素人には判定が難しい
国立感染症研究所は気道からの吸引液か、鼻からスワブを突っ込み咽頭から液を拭い取る方法を推奨しています。
参考:2019-nCoV (新型コロナウイルス)感染を疑う患者の検体採取・輸送マニュアル
ジェネシスヘルスケアからこのキットに関する検体採取~梱包~回収ボックス投函までの動画が公開されていますが、この動画だけで正確なサンプル採取を一般人ができるとは思えず、採取プロセスのバイアスがかかることが容易に想定できます。
https://www.youtube.com/watch?v=7szd4b1kcvwwww.youtube.com
しかもサンプルは何の変哲もない常設されたポストに集められるため、感染者がいた場合ここでウイルスが拡散される恐れがあります。
問題点② 偽陽性・偽陰性判定が生む事態が考慮されていない
PCR 検査はウイルスゲノムを検出するという原理から,⼀般論として感度は低く,特異度が⾼いと考えられます.初期の PCR 検査で陰性だが後⽇陽性となった患者等の検討により,感度は 30〜70%程度,特異度は 99%以上と推定されています(reference standard を対照とした検討ではないため,確⽴された数値とは⾔えません).
引用:新型コロナウイルス感染(COVID-19)診療所・病院のプライマリ・ケア初期診療の⼿引き - 日本プライマリ・ケア連合学会
正確な情報は明らかとなっていませんが、日本プライマリ・ケア連合学会を含む多くの見解では感度は30~70%程度、特異度は99%以上と推定されています。
感度が70%だとしても、偽陰性が30%も出てしまうわけです。 原理的には微量のDNAでも増幅できるはずのPCR法でも、検体にウイルスが含まれていなければ正確な結果が出ません。上述の検査法の問題から、正しく検体を採取できなかったり、検体を採取した場所にウイルスが排出されていない場合も考慮すると、さらに偽陰性は高くなることが推測されます。
そもそもこのキットを買うような会社は在宅勤務の継続を判断する指標などに使うことが想定されるため、偽陰性、すなわち実はコロナなのに「検出されませんでした」という判定が出てしまった人は通常通り働く(人と接触する)ことになります。
擬陽性の場合、「帰国者・接触者相談センター」に向かうわけですが、そこでこの診断結果を見せて私はキットで「検出された」が出たんだ!検査を受けるべきだ!みたいなことを言う人が出てもおかしくありません。
精度が公開されていないため、どの程度正確な診断ができるキットかわかりませんが、擬陽性、偽陰性により誤った判断を顧客に促すきっかけとなることは間違いないでしょう。
問題点③ 資料にツッコミどころが満載
キット販売ページのフロー図について、「どう進んでも帰国者・接触者相談センターにいってしまう」という問題が挙げられています。 医療機関と提携していない検査会社では医療行為に関して責任を持つことができないのでこうなってしまうわけですね。
問題点④ 責任は医療機関に丸投げ
本検査キットを用いたリスク判定は、いかなる意味でも診断や医行為を行うものではありません。
引用:https://health.incubation.rakuten.co.jp/
上記のフローで進むと楽天側の利益と医療機関の負担を増やすことにしか繋がらないわけです。 医師法の制約上医療行為を行えないのは仕方ないとして、検査を受けた顧客のその先を用意せずにこういったサービスを安易に展開してしまうのはやはり問題かと思います。
問題点⑤ 認定を取っているが認定の発起人でもある
ジェネシスヘルスケアは、一般社団法人遺伝情報取扱協会(AGI)からの認定を取得しています。
これは2015年10月に開始された認定制度で、第三者機関としての審査委員会が書類チェックやヒアリングを通して「CPIGI自主基準の遵守」「使用する広告宣伝資料、検査・サービスの説明書」「検査施設の運営状況」等を審査、問題がなければ認定書が発行されるというものです。
ところが、この認定の発起人にはジェネシスヘルスケア株式会社も含まれており、第3者からの認定でないため、信憑性が薄いものとなっています。
問題点⑥ BSL2施設設備がないのに検査してる?
国立感染研究所で取り決められたルールによると、
新型コロナウイルス2019-nCoV感染疑い患者由来の臨床検体はBSL2取り扱いとする。
引用:国立感染症研究所内での新型コロナウイルスSARS-CoV-2取り扱いについて - 国立感染症研究所
新型コロナウイルス感染疑い患者の検体の扱いはBSL2施設設備で行われる必要があるとされています。 一方で下記のプレスリリースを見る限り、このプロトコルに従って実施すると発表していますが、ジェネシスヘルスケアの遺伝学研究所は恵比寿ガーデンプレイスタワーの26階であり、BSL2の基準を満たしていないことが考えられます。 参考:令和2年4月2日より、新型コロナウィルスPCR検査の受託を開始いたします - Genesis Healthcare
個人情報の扱いに懸念
検査結果の通知先を企業にするか個人にするかは、企業側が選択できる。
引用:https://www.sankeibiz.jp/business/news/200420/bsd2004201701005-n1.htm
なんと企業が検査結果を管理する体制にすることができてしまうらしい。
そもそも現状どうなっているのか
世界的にみると、DTCGTに関して米国FDAは倫理的に問題ありとして禁止している他、イギリスでも規制が入っています。
一方の日本では DTCGT にかかる規制はなく,医師法に指針が示されているのみだったため、ゲノム情報を用いた医療等の実用化推進タスクフォース等で度々話題に上がっていました。
現在行われている多くのDTCGTは医師の介入なしで検査および結果説明が行われており、検査項目のなかには疾患診断に直結する検査結果や遺伝カウンセリングが必要となる結果が含まれています。
つまり、医療面、倫理面での問題が生じる危険性を孕んでおり、今回のようなサービスが誕生してしまってもおかしくなかったわけです。 DTCGT の適切な規制および十分な実施体制の構築が急務となっています。
参考:DTCGT(Direct-to-Consumer Genetic Testing)in Japan: Current Situation and Problems
コロナ遺伝子検査関連
家庭でできる遺伝子検査キットに関して言えば、1か月程前にも同様の話題が上がっていました。
1. ビルゲイツ財団が家庭用検査キットを提供予定
慈善基金団体「ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団」が家庭用検査キットを近日中に提供することを発表しました。
参考:Gates-funded program will soon offer home-testing kits for new coronavirus
こちらに関して、発表日は明確にされていないようです。
2. SBグループの孫正義が100万人分の簡易検査PCRの機会提供を提案
https://twitter.com/masason/status/1237670955826069504
こちらは軽く炎上した後に問題があったことを認めたようです。
現在は厚生労働省を訪問したことを明かし、「医療崩壊を起こさないよう連携しながら」進めていく方針を表明しています。
あとがき
韓国やイタリアでは、当初から大量の検査件数をこなした結果、軽症者が病院に押し寄せて医療キャパシティーがパンクしたという経緯があります。多くのメディアでも話されていますが、検査の拡大等は慎重に動いていく必要があるでしょう。
今回の騒動に限らず、ゲノムデータは最大の個人情報です。今はその価値が明確化していなくても、将来的により大きな価値を持つことが考えられます。遺伝子検査を委託する際はデータのプライバシーポリシーを確認するのはもちろんのこと、企業の信頼性等にも十分注意すべきでしょう。
参考:遺伝子検査サービスを購入しようか迷っている人のためのチェックリスト10か条 - 東大医科研公共政策研究分野- このキットもうメルカリで高額転売されていますね。マスクの時もですが、お金のことしか考えられない転売厨達には消えてほしいと願うばかりです。
コロナ関連気になるニュース
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